大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5445号 判決 1964年1月31日

原告 コンマーシヤル・ユニオン・アツシユアランス・コンパニー・リミテツド 外二名

被告 三井船舶株式会社

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

(一)、原告等の申立

被告は、

(1)  原告コンマーシヤル・ユニオン・アツシユアランス・コンパニー・リミテツドに対し金一、二三〇、〇九八円およびこれに対する昭和三三年七月一三日以降支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を、

(2)  原告ザ・センチユリー・インシユアランス・コンパニー・リミテツドに対し金七二六、三三五円およびこれに対する同日以降支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を、

(3)  原告セ・ユナイテツド・スコテイツシユ・インシユアランス・コンパニー・リミテツドに対し金二、一一四、五九九円およびこれに対する同日以降支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を

それぞれ支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言を求める。

(二)、被告の申立

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、請求の原因

(一)、(イ)、昭和三〇年一月一四日大阪港に、同月二四日東京港に入港した被告所有汽船大江山丸に積載した別表第一ないし第三の各(一)記載の積荷(インド産鞣羊皮または半鞣羊皮)は、海水濡れ、または、海水溜水漬により熱損を生じ、右各表に記載したとおりの損害を受けた。

(ロ)、右物件のうち、第一表の(一)記載の物件は訴外厚川株式会社が、昭和二九年一二月中印度、マドラス・ゼ・イースト・エーシヤテイツク・コンパニー(インデイア)リミテツドより、第二表の(一)記載の物件は、訴外丸紅株式会社が、当時印度、マドラス、ナイバツサル・モハメツト・ハツサイン・サヒブ・エンド・コンパニーより、第三表の(一)のうち(A)記載の物件は、訴外野崎株式会社が、当時印度、マドラス・テイ・ケー・フアーザル・ハビツプ・エンド・コンパニーより、同表の(B)記載の物件は、訴外ミツワ株式会社が、当時印度、マドラス、ヴイ・スリーニバス・エンド・コンパニー並びにシー・エル・アヴダス・サヴハン・エンド・コンパニーより、同表(C)記載の物件は、訴外丸紅株式会社が、当時印度、マドラス、ヴイ・スリーニバス・エンド・コンパニーより、同表(D)記載の物件は、訴外ナニワ産業株式会社が当時同コンパニーより、同表(E)記載の物件は、訴外堀下株式会社が、当時同コンパニーより、いずれも海上保険料および神戸((D)、(E)関係)または横浜(右(D)、(E)を除く分)までの運賃込みの値段を以て買付け、その所有権を取得したものであるが、前記の各売渡人は、同月中前記各買受人を荷受人として、それぞれ、前記各物件につき、印度マドラスより神戸((D)、(E)の分)および横浜(右(D)、(E)を除く分)までの海上運送を被告に委託し、被告は、右物件を故障のない状態(海水濡れ等による損傷のない状態)で被告所有汽船大江山丸に船積して、委託にかゝる海上運送を引受け(但し前記神戸までの分を除き、被告の都合により到達港を後に東京芝浦港に変更された)、到達港において積荷を船積当時と同様故障のない状態で船側において荷受人に引渡すことを契約した。なお、各荷送人の請求により被告は積荷につき、前記各表記載どおりの船荷証券を交付したが、これらの船荷証券は、積荷の引渡しに先立ち、それぞれ、前記各荷受人において所持していたものである。大江山丸は、昭和三〇年一月一四日大阪港に到達し、第三表の(一)の(D)および(E)の積荷は、同日船側において、それぞれ、各荷受人に引渡され、ついで、同汽船は、同月二四日東京芝浦港に到達し、第一ないし第三表の各(一)の積荷(前記(D)、(E)の分を除く)は、同日それぞれの荷受人に引渡されたのであるが、いずれも、引渡しに先立ち、海水濡れの状態にあつたもので、海水濡れにより損傷を受けた状態のまゝ引渡された。そこで、各荷受人は、被告に対し、それぞれ、つぎのとおり、積荷に右のような損傷のあつた事実を通知した。

(1)  荷受人 厚川株式会社 昭和三〇年一月二五日付(第一表の(一))

(2)  〃 丸紅株式会社 同年一月二五日付(第二表の(一))

(3)  〃 野崎株式会社 同年一月二六日付(第三表の(一)(A))

(4)  〃 ミツワ株式会社 同年一月三一日付(〃(B))

(5)  〃 丸紅株式会社 同年一月二五日付(〃(C))

(6)  〃 ナニワ産業株式会社 同年一月二六日付(〃(D))

(7)  〃 堀下株式会社 同年二月一日付(〃(E))

しかして、本件積荷の鞣または半鞣羊皮は、すべて、アンペラで包み、さらに、麻布で包装してあつたが、それぞれ、つぎの日時および場所において検定人による検査を受けた結果第一表ないし第三表の各(一)に記載したとおりの損傷を受けていることが確認された。

表<省略>

(ハ)、以上のような積荷の損傷の結果、本件の半鞣または鞣羊皮はいずれも価格が低減し、各荷受人は第一ないし第三表の各(一)記載どおりの損害を蒙つたのであるが、右の損害は以下に述べるように、被告の運送契約上の義務不履行および堪航能力担保義務違背並びに不法行為に基因するものであつて、前記荷受人は、被告に対し、それぞれ、各自の損害につき損害賠償請求権を有していたものである。

(1)、本件積荷は、いずれも、大江山丸の第二番船橋楼船艙に積付けられたのであるが、右船艙は、荒天に際し海水の侵入および潮水の飛沫の吹き込むことが当然に予想される場所であつて、水濡れまたは湿気を蒙ることにより容易に損傷をきたす皮革類の積付には不適当な場所である。すなわち、右二番船橋楼船艙は、大江山丸の上甲板に位置し、前部隔壁に左右二箇所の出入口があり、また、後部隅壁に二箇の減噸開口部を有しているが、もともと、上甲板は荒天の際容易に波浪に洗われる場所であり、上甲板に打上げられた波浪が、前面二箇所の出入口の扉の微細な隙間から船艙内部に侵入することの絶無なることは期し難いばかりでなく、前記減噸開口部は木製挿板により遮断されているもので、この部分は水密ということができず、荒天に遭遇した場合海水の飛沫は挿込みの横板による隔壁を通して容易に船艙内に運び込まれるものである。そして、このような開口部があるため、右船艙は、船舶の蔽囲された部分でないとの理由により、その積量は総積量より除外され、噸税その他の課税の対象とならない場所であつて、海水の接触により影響を受けない貨物は別として、本来如何なる貨物の積載にも適した場所ということはできない。なお、大江山丸の船橋楼船艙内には、排水口が設けられ、この排水口には右船艙の上部に位する船橋楼甲板に開閉を操作する開閉装置があるが、この装置は船橋楼船艙に侵入した水を排水口を通じ船底に落すためのものであり、しかも、閉塞装置が右部分のみにあり、海水の侵入の予期されない中甲板以下の船艙に設けられた排水口に閉塞装置がないことからして、右船橋楼船艙は造船技術の専門的見地からみても、海水の侵入が当然に予期されている場所であるということができる。

大江山丸は、本件積荷の積付後印度日本間を航海する途上季節風に遭遇し、本件積荷の積付場所である二番船橋楼船艙内に海水が侵入して約五吋以上におよぶ溜り水を生じ、また、同船艙の減噸開口部の挿板の隙間を通し、海水または海水の飛沫が同船艙内に吹込んだ結果本件積荷の羊皮が海水に漬りまたは湿気を帯びるに至り、そのため熱をもち醗酵腐蝕する等海水濡損の被害を蒙るに至つたのであるが、冬期印度洋日本間の航海において季節風に遭遇することは当然に予期されるところであり、このような何人も予測し得る季節風に遭遇したことにより、海水が容易に船艙内に侵入し、積荷に損傷を与えたということは、大江山丸の二番船橋楼船艙の前記のような構造と相俟ち、同船が発航前既に、本件積荷を安全に目的地に運搬する堪航能力を欠いていたものといわざるを得ない。

(2)、つぎに、右のとおり、大江山丸が本件航海において季節風に遭遇するであろうことは、船員として当然予期すべきことであり、また、本件積荷の積付場所である同船二番船橋楼船艙は、その位置、構造および装置よりして、季節風による荒天に際し、容易に海水が侵入し、または海水の飛沫の吹き込むことの予想される場所であり、しかも、本件積荷の羊皮は湿気にもろく濡れ損によりたやすく損傷を蒙る貨物であるから、右船艙は、本件積荷の積付場所として極めて不適当な場所であつて、このことは、貨物の運送に従事する船舶の船員として当然知り、または知り得べかりし事柄であつたのである。しかるに、大江山丸の船員は、本件羊皮の運送に当り、これ等の事情を顧慮することなく、漫然積付不当の場所に積付をなし、かつ、風波の影響により積荷を保護する処置を講じなかつたゝめ、前記のような季節風に遭遇し、海水の侵入により本件積荷に前記のような海水濡損の損害を与えたもので、結局右の損害は、被告の使用人たる大江山丸船員の重大な過失に基因するものというべきである。

(3)、以上の事実によつて明らかなとおり、被告は、船舶所有者として、まず、商法第七六六条、第五七七条により、本件積荷の損害につき運送契約上の義務不履行による損害賠償責任を負うとともに、同法第七三八条により堪航能力担保義務違背による損害賠償の責に任ずべきであり、また、堪航能力を欠く船舶をそのまゝ放置して修理を加えず貨物運搬の用に供した点において自らの過失責任を免れることができず、かつ、被告の使用人である大江山丸船員の前記のような重大な過失に基く本件積荷の所有権の侵害につき、民法第七〇九条、第七一五条、商法第六九〇条による不法行為上の損害賠償義務を免かれ得ないものである。

(二)、ところで、前記第一ないし第三表の各(一)の積荷については、昭和二九年一二月中各荷送人において、各荷受人を被保険者として、第一表の(一)については、原告コムマーシヤル・ユニオン・アツシユアランス・コムパニー・リミテツドとの間に、第二表の(一)については、原告ザ・センチユリー・インシユアランス・コンパニー・リミテツドとの間に、第三表の(一)については、原告ゼ・ユナイテツド・スコテイツシユ・インシユアランス・コムパニー・リミテツドとの間に、それぞれ、印度マドラスより神戸および横浜に到る航海につき海上危険を担保するため海上保険契約を締結していたものであるが、本件積荷につき前記のような損害が生じたゝめ、右各損害の填補として、原告コムマーシヤル・ユニオン・アツシユアランス・コムパニー・リミテツドは別表第一の(二)記載のとおり、原告ザ・センチユリー・インシユアランス・コムパニー・リミテツドは別表第二の(二)記載のとおり、また、原告ゼ・ユナイテツド・スコテイツシユ・インシユアランス・コムパニー・リミテツドは別表第三の(二)記載のとおり、それぞれ、各荷受人に対し損害金を支払い、その結果、原告ザ・センチユリー・インシユアランス・コムパニー・リミテツドについては保険契約締結地の法律として、その余の原告については当事者の合意による準拠法として、いずれも、英国法に基き、それぞれ、保険者の代位により、各原告等が支払つた右損害金の限度において、各荷受人が被告に対して有する前記損害賠償請求権を取得した。

(三)、よつて、原告等は被告に対し、請求の趣旨記載どおりの金員の支払いを求める。

三、請求原因に対する答弁並びに被告の主張

(一)、請求原因(一)の事実中被告所有汽船大江山丸が、原告等主張の日、それぞれ、その主張の港に入港したこと、同汽船が原告等主張の荷受人宛の貨物を積載していたこと、原告等主張の各船荷証券に、その主張のような貨物の表示並びに荷番号が記載されていたこと、右貨物が大江山丸の第二番船橋楼船艙に積付けられていたこと、右船艙後部に減噸開口があることおよび同汽船が本件航海中荒天に遭遇したことは認める。積荷の枚数、封度は不知、被告が原告等主張のような事由によりその主張のような責任があるとの点についてはこれを否認する。請求原因(二)の事実は不知。

(二)、原告等の本訴請求は、被告に、運送契約上の債務不履行および堪航能力担保義務違背の責任と不法行為上の責任とが競合して存在することを前提とするものであるところ、原告等主張の事故は、大江山丸が昭和三〇年一月二四日東京港へ入港したときまでに生じており、荷受人は遅くとも一月二九日までに積荷を受取つている筈である。しかるに、本訴は昭和三三年七月九日に提起されているもので、荷受人が積荷を受取つたときから一年を経過しているので、被告の運送債務不履行および堪航能力担保義務違背の責任は、商法第七六六条、第五六六条により時効により消滅している。そして、運送債務不履行の責任と不法行為上の責任が競合する場合には、当該不法行為上の責任も、民法による一般原則にかゝわらず、一年の短期時効により消滅するものである。もつとも、その間、原告等から昭和三一年一月二一日附内容証明郵便を以て催告がなされたことはあつたが、六ケ月以内に訴の提起等有効な時効中断の手続がなされていないし、また、昭和三三年一月一〇日再度催告がなされたが、当時既に前記時効は完成していたものである。

(三)、仮りに、不法行為上の責任につき、右時効消滅の主張が理由なしとしても、物品運送契約において運送品の滅失毀損は、運送に関連して通常生ずるものであるから、荷送人はこれを予見(承認)して運送契約を締結するものといわなければならない。従つて、物品の滅失毀損が通常の予見の範囲を超えた異常の場合である等特別の事情のない限り、不法行為の違法性は、右の予見(承認)によつて阻却され、債務不履行の責任と競合して、不法行為責任は発生しないものというべきである。本件において、原告等の主張するように運送品の被害は、もとより、通常生じ得べき損害であることは明らかであるから、被告に不法行為上の責任はない。

(四)、仮りに、右の主張も理由がないとしても、大江山丸は本件航海につき十分の堪航能力を有し、かつ、被告および被告の被用者には、積荷の積付、保管等につき、故意、過失はなかつたものである。

(イ)、大江山丸は、昭和二五年七月に大改造され、その後昭和二九年六月八日第一回定期検査に合格し、昭和三〇年七月一二日および昭和三一年六月八日の各中間検査にも合格している。本件積荷の積載は右第一回定期検査後間もない昭和二九年一二月二一日のことであるが、右検査において水密扉は勿論船体に何等の欠陥も指摘されていない。そして、同船は無事本件航海を終了しているのであるから同船が堪航能力を有していたことは明らかである。原告等は、本件積荷を積付けた第二番船橋楼船艙は海水が容易に侵入する場所であるというがそうではない。すなわち、大江山丸は、船首楼、船橋楼および船尾楼の三個の船楼を有するいわゆる三島型(Three Islander)の船舶であるが、中央の船橋楼下の区劃は貨物艙として使用されている。この船橋楼貨物艙は構造上全く完全な船艙と同一であつて、減噸開口部分以外他の船艙並びに船舶部分と同じく、いかなる風雨浪にも堪え得るよう強後の資材を以て構成され、しかも右開口部分は前部に常設の水密扉の(Water tight door)閉鎖装置があつて、完全に水密可能なものであり、造船学の見地からも船艙と同一視されており、船艙として他の船艙と区別されていないのが海上運送における一般慣行である。現在世界各国の殆んどすべての船舶は減噸開口を有する遮浪甲板貨物艙(Shelter Deck Cargo space,船橋楼貨物艙はその一つである)を有し、貨物の積付をしている。そして、本件積荷を積付けた第二番船橋楼貨物艙(No.2 Bridge Deck cargo space)が外気と接する部分は、上部の露天甲板にある艙口(Weather deck hatch way)と船首側両舷に設けられた水密扉と尾部に開いている開口であるが、上部の艙口は閉鎖装置であり有効に閉め切ることが可能であり、両舷の水密扉と共にその水密が完全であつたことは、前記定期検査によつて証明されている。尾部の方の開口部は水密とはいえないが、つぎに述べるとおり、四重の閉鎖装置があり、こゝから海水が侵入する恐れはない。すなわち、第二番船橋楼船艙はその尾側に続く第三番船橋楼下貨物艙に開口部を有するが、木製挿板により遮断されており、右貨物艙は、さらに、その最尾部を船員居住区通路に開口し、この部分では十分の間隔をおいて二重に挿板による障壁を設けてあり、この居住区通路が上甲板に開口する位置にさらに挿入装置を有している。従つて、尾からの浸水は各々相当の間隔をおいた四重の木製挿板と、第三番船橋楼下貨物艙を超えなければ本件の第二番船橋楼下貨物艙に到達し得ないのであつて、右船艙の尾部の開口部から浸水する余地はない。以上のとおりであるから、いずれの点からしても、大江山丸は堪航能力に欠くるところはなかつたものというべきである。

(ロ)、右のとおり、第二番船橋楼貨物艙は、構造上本件貨物の積付場所として不適当な場所といえないうえに、機関室に遠く、通風、換気も他の船艙に比べて最もよく、当時右船艙以外の船艙には汚れた積荷が多く積まれていたので、本件積荷のように熱気、湿気或いは汚れを嫌う貨物の積付場所としては、むしろ最適の場所であつた。そして、本件貨物の積付場所については、運送契約において荷主から明確な指示がなかつたから、被告会社の船員において、本件積荷の性質上最も適当と考えた二番船橋楼船艙に積付けたが、積付に当つてはダンネージを用い整然と積付けた。また出航に際しては、開口部分を完全に閉鎖し、仔細に閉鎖口の点検をなし、航海中においても、右閉鎖状態、積荷の状態を一日に一度は見廻り、シンガポール発航後南支那海に入るに当つては荒天が予想されたので荒天準備を十分にし、その後数日間暴風雨におそわれたが、その間も見廻りを特に厳重にして怠らず、右見廻り中積荷に異常を認めなかつた。なお、大阪港において、本件の積荷と同種の貨物を一部荷揚げしたが格別のクレームもなく、また、東京港において引渡した本件積荷についても立会人との間に、特に紛争はなく、「スライトリーウエツト」(Slightly wet)のリマークはつけられたが、中味を調べるという程のものではなかつた。以上のとおり、被告および被告会社の船員は、本件積荷の積付、保管、引渡等について万全の措置をとり、十分に注意義務を尽しているものである。

(ハ)、以上のとおりであるとすれば、原告等主張の積荷の損傷は、運送途中の海水の侵入によるものではなく、マドラスにおける積込当時からすでにあつた積荷固有の塩分(半鞣というのは外国では必ずしも十分に脱塩していない)が運送途中汗ぬれをして塩分が塩水となり、シミが広がつたものか、もしくは、到達港における沖取りの際艀に積込み倉庫に入れるまでの間に塩水をかぶつた結果であると考えるの外はなく、被告に不法行為上の責任がないことは明らかである。

(五)、仮りに、本件積荷の損傷につき、被告に何等かの過失があつたとしても、被告は運送契約上の免責約款によつて不法行為上の責任を免責されるものである。

(イ)、船荷証券約款第一五項によれば、海水(brine )による損害、積付その他積荷の保管上の責任等ほとんどあらゆる事項について免責することを定めている。この免責約款は本来運送契約上の債務不履行に関するものであるが、債務不履行について免責約款が存する以上その効力は当然これに対する不法行為上の責任にもおよぶものと解すべきである。そして原告の主張する本件積荷の海水の侵入による損傷については被告に重大な過失はないから、被告は右約款を援用することにより不法行為責任を免責されるものである。

(ロ)、右船荷証券約款第三〇項によると、荷主が保険により積荷の損害の填補を受けたときは、その限度において運送人に対する損害賠償請求権は消滅する旨のいわゆる保険約款が定められている。従つて、本件において、原告等が本件各荷受人に保険金を支払つた以上、荷受人が被告に対して有した損害賠償請求権は、右約款により消滅し、もはや原告等は代位によつて各荷受人の損害賠償請求権を取得することができないものである。そして、右約款の効力は債務不履行の場合の外不法行為責任にもおよぶものであつて国際海上物品運送法施行前は有効と解すべきであるから、被告は右約款により不法行為上の責任を負わないものというべきである。

四、被告の主張に対する原告の反対主張

(一)、運送契約上の損害賠償請求権と不法行為上の請求権が競合するときは、その消滅時効は商法第七六六条、第五六六条の一年ではなく、民法第七二四条により、原告等が損害のあつたことを知つた日から三年を経過したとき、消滅時効が完成するものと解すべきである。殊に商法第七三八条に規定する船舶の堪航義務違背によつて生じた船舶所有者の損害賠償責任は、一年の短期時効によつて消滅するものではない。商法第七六六条第五八九条によつて準用される同法第五六六条の責任は、同法第五六〇条、第五七七条に定める運送人等の損害賠償責任を指すものであることは、これらの規定上疑のないところである。法律が右の責任につき特に一年の短期消滅時効を定めたのは、法律上運送人に重い責任を負わせているのに加え、免責のための挙証責任をも課している関係上、この種取引の沿革とその性質上運送人の責任を短期間に消滅させ、権利関係を確定して取引の安全を図る目的に出たものであつて、商法第七六六条が船舶所有者に準用する同法第五七七条所定の運送人の責任のうちに船舶の堪航能力担保義務違背による損害賠償責任を含まないことは勿論である。我法制上過失の有無を問わず公益上の理由に基き船舶所有者に課した同法第七三八条の責任は、これに短期消滅時効を認める立法上の理由もなく、同法第五六六条の規定は右の責任に準用されないものである。原告等は昭和三三年一月一〇日被告に到達した内容証明郵便を以て催告をなし、六ケ月以内である同年七月九日に本訴を提起しているので、右催告により時効は中断されている。(なお、右の催告をした日は、積荷受取りの日または検査の日のいずれを起算点としても、三年の時効期間内である。)

(二)、運送中の物品につき滅失毀損の発生した場合に債務不履行による損害賠償請求権と不法行為上の請求権が競合することはつとに学説、判例の認めるところであつて、この点につき今更多くを論ずる必要はない。

(三)、被告は、大江山丸の堪航能力、被告および被告の被用者の無過失につき、同船が定期検査に合格していること、第二番船橋楼船艙の水密が完全であつたこと、積荷の積付、保管等につき万全の措置をとつたこと等を挙げて種々反論しているが、大江山丸が本件においてマドラスを出航したのは原告主張の定期検査の日から七ケ月余を経過しており、つぎの中間検査は本件事故発生後のことである。しかも、大江山丸は昭和三〇年一二月頃改装を加え、本件第二番船橋楼船艙の前部二個の出入口は完全に閉鎖されている。このことは、同船が本件航海に当り堪航能力を欠いていたことゝ何等かの関連があるものと考えざるを得ない。同船が三島型船舶であることは認めるが、船橋楼船艙が構造上他の船艙と同一とみなされ、海上運送上区別されないというような一般的な慣行はない。被告は別件において、大江山丸が、季節風に遭遇し、船体に「ヒズミ」を生じ、「ネジレ」を来し、前記二番船橋楼船艙に漏水のあつたことを認め、同船が発航に当り堪航能力を欠いていたことを自白している。船舶の堪航能力の担保とは、船艙そのものが安全に航海をなすに堪える状態にあると共に、積荷を安全に目的地に運搬することができる状態を担保する意味である。右船艙内に深さ数吋におよぶ海水の侵入したことは厳然たる事実であつて被告が右の原因を明らかにし得ない限り船舶自体が堪航能力を欠いていたと推定されるのは当然である。大江山丸の船員が暴風雨に遭遇した際見廻りをしながら、船艙内への海水の侵入と溜水を発見し得なかつたとすれば、見廻りが極めて杜撰であり、注意義務を怠つた証拠である。

(四)、船荷証券上の免責約款による免責の効力が不法行為責任におよぶとの被告の主張はすべて争う。

(イ)、本件船荷証券約款第一五項に被告主張のような約款の記載のあることは認める。

しかしながら、本件積荷の損害は、被告および被告使用人の重大な過失または船舶の不堪航による損害であるから商法第七三九条による特約があつても免責されない場合に該当する。なお、右約款により免責される過失は、船舶の航行または取扱に関する過失(いわゆる航海過失)のみであつて、その余の過失(いわゆる商業過失)については免責されない。そして本件積傷の原因は右の商業過失に該当する場合であるから、この点からしても、被告が免責される理由はない。このことは、仮りに免責約款の効力が不法行為責任におよぶと解しても同様である。

(ロ)、本件船荷証券第三〇項に被告主張のような保険約款の記載のあることは認める。しかしながら、

(1)  本件積荷の保険契約は、売渡人たる荷送人が原告等との間に締結したものであつて、運送人たる被告が右保険契約に関与した事実はない。運送人が自己の全く関知しない他人間の保険契約を利用して、保険者が保険法上当然に有する代位権の犠牲において自己の負担する責任の解消または軽減を図るというようなことは全く理由のないことで条理に反する。従つて、右保険約款(いわゆる保険利益享受条項)は条理に反し無効である。

(2)  右保険約款は、保険者が法律上当然に有する代位権を奪うことを目的とするものであるところ、かゝる保険約款を含む船荷証券のもとに運送が行われた場合、保険者は、保険契約の定めるところに従い右約款を無効とし、保険金の支払いを拒み、一方運送人は右約款を楯に損害金の支払いをなさないことゝなると、荷主は海上運送中の損害につき保険者、運送人のいずれの側からも迅速な損害の補償を受けることができず経済上窮地に陥らざるを得なくなり、結局国際商業の円滑なる取引に支障を来すことゝなる。従つて、右船荷証券中の保険利益享受に関する条項は、国際商業の進展を阻害するもので、公益に反し、民法第九〇条により無効である。

五、原告の反対主張に対する被告の反駁

(一)、船舶の堪航能力担保義務違背による責任が一年の消滅時効にかゝらないとの原告の主張は、民事訴訟法上時機に遅れた攻撃防禦の方法である。

(二)、(イ)、被告は、大江山丸の第二番船橋楼船艙に海水の漏水したことを仮定し、船体の「ヒズミ」「ネジレ」に基くものであろうとの仮定論を主張したことはあるが、同船が堪航能力を欠いたことを自白したことはない。

(ロ)、大江山丸が昭和三〇年一二月頃第二番船橋楼船艙の前両面部水密扉の閉鎖工事をしたことは認めるが、右工事はその頃同船を鉄鉱石専用船に転用することゝなつたので、無用の右水密扉を閉鎖したのであつて、本件事故と何等の関係もない。同船は、同月九日当時本件と無関係の海難事故があつたゝめ、臨時検査を受けたが右の検査にも合格している。

六、証拠関係<省略>

理由

一、被告所有汽船大江山丸が、昭和三〇年一月一四日大阪港、同月二四日東京港に入港したこと、同汽船が原告等主張の各荷受人宛の貨物を同船の第二番船橋楼船艙に積載していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一の(1) 、(2) の各(イ)、同第二号証の一の(イ)同第三号証の一の(イ)、同同号証の二、同第四号証の一の(1) の(イ)、同第五号証の一の(イ)、同第六号証の一の(1) 、(2) の各(イ)、同号証の二、同号証の六の(1) ないし(3) 、同七号証の一の(1) 、(2) の各(イ)、同号証の五の(1) 、(2) 、同第一九ないし第二一号証、乙第八ないし第一一号証、証人伊藤正治、同榎本政夫、同松岡信雄の各証言および弁論の全趣旨により成立を認める甲第一号証の一の(1) の(ロ)、(ハ)、(2) の(ロ)、同号証の二、三の各(1) 、(2) 、同号証の四、同第二号証の一の(ロ)ないし(ホ)、同号証の二、同号証の三の(1) ないし(4) 、同号証の四、同第三号証の一の(ロ)、(ハ)、同号証の三ないし五、同第四号証の一の(1) の(ロ)、同号証の二の(1) の(イ)、(ロ)および(2) 、同号証の三の(1) 、(2) 、同号証の四、同第五号証の一の(ロ)、同号証の二ないし四、同第六号証の一の(1) 、(2) の各(ロ)、同号証の三、四の各(1) 、(2) 、同号証の五、同第七号証の一の(1) 、(2) の各(ロ)、同号証の二ないし四、同第八号証、同第九号証の一ないし三、同第一〇号証、同第一一ないし第一七号証を綜合すれば、被告は昭和二九年一二月中原告等主張の各物件につき、それぞれ、その主張どおりの荷送人との間に、その主張どおりの者等を荷受人として、その主張のような内容の海上運送契約をなし、被告において原告等主張のような船荷証券を発行し、各荷受人においてこれを所持していたこと、被告は、運送の委託を受けた右貨物を印度マドラスにおいて積付け、同月二一日マドラスを出航し、シンガポールを経由して、大阪港および東京港まで運送し、前記入港の各日時に各荷受人に対し、それぞれ船側において、それぞれの貨物を引渡したこと、本件貨物は、すべてアンペラで包み、さらに麻布で包装してあつたが、積付当時異常はなく、大江山丸の前記船艙内に侵入した海水により濡らされていたもので、引渡当時水濡れによるしみが生じていた状態で引渡されたこと、原告等は、それぞれ、その主張のとおり、前記各荷送人との間に、各荷受人を被保険者として、本件貨物につき、海上保険契約を締結していたが、右貨物の海水濡れによる損害を填補するため、各荷受人に対し、その主張のような保険金を支払つたことおよび本件貨物は、引渡当時、各荷受人において所有権を取得していたことが認められ、右の認定を左右するに足る証拠はない。

二、ところで、原告等の本訴請求は、被告に、運送契約上の債務不履行、堪航能力担保義務違背並びに不法行為上の責任が競合することを前提としてなされていることは、原告等の主張自体から明白なところであるが、被告は、右の各責任は、いずれも、一年の時効によつて消滅している旨主張するので、まず、この点について考えてみると、商法第七六六条は、船舶所有者に同法第五六六条を準用しているので、船舶所有者の債務不履行上の責任は、悪意の場合を除き、荷受人が運送品を受取つた日から一年を経過したとき時効によつて消滅するものというべきである。原告等は船舶所有者の堪航能力義務違背による責任は、右規定の適用がない旨主張するが、右規定の文理上からしても、また、商法第七三八条が船舶所有者に船舶の堪航能力の担保義務を負わせているのは、船舶の堪航能力自体に意味があるのではなく、結局のところ、右義務違背により運送品が滅失、毀損した場合の責任に関するものと解される点から考えても堪航能力担保義務違背によつて生ずる責任も、前同様商法第七六六条、第五六六条の適用を受け、一年の短期時効により消滅するものと解すべきである。

なお、被告は、債務不履行の責任が一年の短期時効によつて消滅するときは、これと競合する不法行為上の責任も一年の短期時効によつて消滅する旨主張するのに対し、原告等は、反対に、右の場合は、いずれの責任も民法第七二四条により時効期間は損害を知つたときから三年である旨主張する。しかしながら、債務不履行と不法行為は、それぞれ、その制度目的を異にしているのであるから、双方の責任が競合する場合であつても、時効に関する限り、消滅時効は、それぞれの規定に従い、前者にあつては一年、後者にあつては三年と解するのが相当である。

本件において、前記各荷受人が、各自の運送品の引渡しを受けたのは、昭和三〇年一月一四日および同月二四日であるところ、昭和三一年一月二一日原告等が被告に催告をなしたことは被告の自認するところであるけれども、その後六ケ月内に訴の提起その他時効を中断さすべき手続をとつたことについては、原告等において主張、立証をしないから、仮りに本件において、被告に運送契約上の債務不履行、堪航能力担保義務違背の事実があつたとしても、悪意についての明白な主張のみられない本件においては、右事由による被告の責任は、各荷受人が運送品の引渡しを受けた前記日時より一年を経過した日を以て消滅したものというべきである。一方、不法行為については、昭和三三年一月一〇日原告等において再度催告をしたことにつき、これまた被告の自認するところであつて、前記引渡の日以前に各荷受人が損害の発生を知つたという証拠はないから、右催告は、時効期間内になされているものというべきところ、本訴は、右催告後六ケ月以内である同年七月九日に提起されていることが記録に徴して明白であるから、不法行為の消滅時効は完成していないというべきである。

三、つぎに、被告は、債務不履行と不法行為の競合する場合につき、運送品の滅失毀損が通常生ずべき損害であるときは、不法行為の違法性が阻却され、本件は右の場合に該当する旨主張するが、本件において、原告等の主張する運送品の損傷は、海上運送において通常生ずべき損害とは必ずしもいえないばかりでなく、さきにも触れたとおり、債務不履行と不法行為が競合する場合は、いずれにも損害賠償請求権が発生し、債権者はその選択に従い権利を行使し得るものと解するから(但し、使用者責任の特則、免責その他の点についての関連性をすべて否定する趣旨ではない。)、右の主張は採用できない。

四、よつて、以下原告等の不法行為の成立を前提とする請求につき判断を加えることとする。

(一)  本件積荷の損傷は、積付場所である大江山丸の第二番船橋楼船艙に海水が侵入し、これによつて積荷に水濡れの損傷が発生したものであることは、さきに認定したとおりであるが、海水侵入の程度については、本件の証拠上必ずしも明白でない。前記甲第一号証の二の(1) 、(2) 、同第二号証の二、同第三号証の三、同第四号証の二の(1) の(イ)、同号証の二の(2) 、同第五号証の二、同第六号証の三の(1) 、(2) 、同第七号証の三の(1) 、(2) 各検査報告書には、本件積荷には約二吋ないし五吋におよび水に漬つた顕著な痕跡をとどめる旨の記載があるけれども、本件積荷が麻布で外装され、しみが拡がることが考える点および証人伊藤正治、同榎本政夫の各証言、同証言から右報告書の根拠となつたと認められる甲第三号証の二、同第六号証の二、同第七号証の二、同第九号証の一ないし三のカーゴー・ボート・ノートと対照すると、右の記載だけからは、原告等主張のとおり、右船艙内に深さ約五吋以上の海水が侵入して溜水したとは断定し難い。しかしながら、右の各証拠に、前顕乙第七号証、同第一〇、一一号証をあわせ考えると、大江山丸の航海中前記船艙には、少くとも、同船艙内床上約二〇センチメートルのダンネージ上に積付けられた本件積荷に触れる程度の海水が侵入したことがあつたものと推定される。

(二)  そこで、右事故の原因について考えてみるに、原告等は、大江山丸の第二番船橋楼船艙は、通常予想される荒天に際し、海水の容易に侵入することの予期される場所であり、被告および被告の被用者である同船々員に、同船の堪航能力の保持、積荷の積付および保管に過失があつた旨主張するけれども、成立に争のない甲第一九号証、乙第七ないし第一一号証、証人堀越速美の証言により成立を認め得る同第一二号証、同第一八号証の一、二同第一九号証と弁論の全趣旨を綜合すると、大江山丸は、戦時標準船として建造された三島型の船舶であるが(三島型であることは当事者間に争がない)、同船の第二番船橋楼船艙は、メインデツキの上部に位置し、上部二個の艙口および前後部に各二個宛の開口部を有していた点を除くと、同船の他の船艙と同様の資材構造を以て築造されており、右上部二個の艙口および前部二個の開口部は、それぞれ水密扉で密閉し得る装置があり、後部二個の減噸開口部は、いずれも挿板による仕切部分に続いて三番船橋楼船艙、船員居室があり、これらの部分を通つてはじめて外部に出るようになつているもので、その間に、なお、三重の挿板による仕切部があるので、他の船艙に比べて特にぜい弱であるとか、或いは海水の侵入が容易であるとはいえず、上部からハンドルを以て開閉できる排水口の装置(ビルジス・カツパー)があるからといつて、同船艙に海水の侵入が当然予想されているとはいえないこと、大江山丸は、本件航海の約六ケ月以前である昭和二九年六月八日第一回の船舶定期検査に合格し、昭和三〇年七月一二日の中間検査にも合格していること、大江山丸の船員は、印度マドラスにおいて、本件積荷を積付けるにつき、荷送人から積付場所、積付方法について特に指示注文がなかつたから、本件貨物の積付場所としては、貨物の性質上、他の船艙に比較して清潔で、機関室からも遠く、船員居室に近いという利点があるところから、前記二番船橋楼船艙が最も適当な場所であると判断し、船艙内に高さ約二〇センチメートルの敷板(ダンネージ)を敷いた上に貨物の積付をなしたこと、積付時においては船艙内に溜水はなかつたこと、発航に当つては、船体各所に所定の点検をなし、航海中も適宜見廻りを怠らなかつたこと、そして、シンガポールを出港する際、南支那海海上において季節風に遭遇することが予想されたので、荒天準備を完了したうえ同港を出港して大阪港に向い、途中昭和三〇年一月六日から同月一一日にかけ、南支那海々上において連日風速約二〇メートル前後の北ないし北東風の季節風に遭遇し、船体の動揺甚だしく、波濤が甲板を洗うような状態が続いて難航したが、船体自体には損傷もなく、同月一四日無事大阪港に入港していること、などの事実が認められ、右認定の事実によれば、被告および大江山丸の船員は、同船の堪航能力の保持、積荷の積付および保管については相当の注意義務を尽していたことが認められるのであつて、前記船艙内への海水の侵入による本件事故が、原告等の指摘するような事実に基困するものであるとの明確な証拠はなく、海水侵入の原因については、本件口頭弁論に提出された全証拠によつてもこれを認定することができず、結局右船艙内への海水侵入の原因は不明であり、本件事故は通常では予測し得ない不明の原因によつて生じたものというの外はない。

(三)  原告等は、被告が、本件事故の原因を明確に説明し得ざる限り、船艙内への海水の侵入自体から、同船の不堪航、積荷の積付および保管につき過失の推定を受ける旨主張する。たしかに、海上運送においては、連送品の保管はあげて運送人の掌握するところであり、その滅失、毀損の原因も一、二に止まらず、果して如何なる原因によつて運送品が滅失毀損したかについては他から容易に窺い知ることができないのであるから、反証を挙げ得ない限り、右のような推定をなすことは合理的であろう。しかしながら、本件においては、前認定のとおり、被告および被告の被用者が、大江山丸の堪航能力の保持、積荷の積付および保管につき、相当の注意を尽していることが認められるのであつて、かかる事実の認められる以上、海水の侵入という事実だけから、直ちに被告の過失を推定することはできず、本件事故の直接の原因となつた船艙内への海水の侵入が被告の過失によることの立証は、なお、被告の不法行為責任を主張する原告等において尽すべきものと考える。しかるに、本件においては、本件口頭弁論の全証拠によつても、右海水の侵入は原因不明であつて、被告の過失によることを肯認することができないし、その他本件積荷の損傷が被告或いは被告会社船員の故意過失に基因するものと認めるに足る証拠もない。

(四)  してみると、被告は、本件積荷の損傷につき、前記各荷受人に対し、損害を賠償する義務を負わないものといわざるを得ない。

五、果して以上のとおりであるとすれば、前記各荷受人等が被告に損害賠償請求権を有することを前提とする原告等の本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく、失当というべきであるから、いずれも、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

別表

第一表(一)、第一表の(二)、第二表の(一)、第二表の(二)、第三表の(一)、第三表の(二)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例